ノーベル文学賞はハンガリーの作家になった。日本の現代版おとぎ話作家の今年の受賞もないということだ、まあリアルな社会描写を受賞対象となるノーベル文学賞に、空想のおとぎ話はもともと無理なのだが、本人は内心欲しくてしょうがないのだろうから、また虫国に媚びを売りに行くのかもしれない。同じくノーベル賞の文学賞か平和賞狙いに石馬鹿氏が戦後80年に合わせた憲章作文を出すという、愚か者が愚かな文書を世の中にだしても世界は困るし迷惑千万、こういうメッセージは後々の影響を考察して発表するべきものだが、馬鹿さ故に分からないのだろう、本心はまだまだ総理の椅子にしがみ付きたいという悔しさの表れにすぎない。つまりは戦中の国会で戦争に正論を演説し反対した議員と同じように追放される自分を同位置視して憤り哀れんでいるというお粗末さな嫌みに過ぎないのだ。
さて、どこからも連立の同調する党がなくて困っている高市総裁、しかし、本当はどこの党も連立に加えてもらいたいのだ。嫌々で連立などできない、自分たちで組みたいという素振りのウラには、誰が自民と組むのか抜け駆けを許さないという、ゲスどもの勘ぐり綱の引き合いが目に見えるようだ。自民党でも小泉以下、小泉支持側の連中も大臣ポストを狙って動いている、結局、大臣の椅子と自民党公認の選挙対策、または連立し与党となって選挙に有利にしたいとしか関心がないというのが国会議員であるということだ。本当に連立はどこと組むのか気になるが、トランプ来日に間に合うかという所だが結局落ち着くところに落ち着くだろう、まかり間違ってもトランプの眼の前で醜態をさらす国会では即時解散で国民の意思を示さないといけない。時事通信のカメラマンが高市氏の支持率を下げると言う前に、マスコミ自体の信用度は不正による作為で地に落ちている、だれもマスコミを信じなくなればこちらも世界から退場となろう。ハッキリ言っても高市氏はだれとも連立しないで、後は野党が考えればいいと言ったほうが良いのだ、それが議会政治、民主主義だろう。国民の国民による国民のための政治は主張するばかりではなく、主張を聞くことが重要なのだ。
台風22号は去ったが、次の23号台風が近づいている、日本を欺く石破の自己欺瞞の誤魔化し腐敗した嘘つき作文が、もしかしたら連立への台風の目になるかもしれないのだが、いかがなるか。







