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AIが人類に勝つなど妄想だ

70年不変の日本国憲法も如何せん時代について行けなくなったと感じる。高市政権がいよいよ公約を果たすときが来たというのは時代の流れだ。これまで改正しなかったという事実は事実であり、それなりの時代を乗り越えた来たのであれば、現状に会わせた中身でしか変える必要もない。つまり、過去は過去であり、未来は未来の人が決めれば良いのだ、結局改正は現実の日本の制度等が憲法と不一致部分の修正だけで十分だろう。変に百年後の日本を予測したところで、百年後の日本がどうなっているかは今の日本人は誰も残っていないのだから意味が無い。さて、イーロンマスクがAI技術により、数年後にはロボットやコンピュータが人間社会に取って変わると予言している。そして、多くの産業、知識者、技術者、ホワイトカラー等の仕事がAIが行い失業するという。ある意味、AIが急速に人間社会に浸透する以上そういう可能性で予言をするだろうが、かれらは予言などできない。もちろんAIも予言はできない。AIが実行するには人間がデータを入れ、命令なりの指示がなされなくてはAIが勝手に動くことはできないのだ。もちろん、決められたルーチン作業はAIの独壇場でも、日々の変化する状況は人間が全て判断するしかないのだ。例えば、映画をAIが作ることは可能だが、最低内容を指示する監督がいるだろう、そしてAIを動かすために莫大なコンピュータの業務をサポートし、その利用料や電気代を賄う組織も必要だ。少なくてもAIが電気代や維持管理費を自前で払えることは出来ないだろう。さらに映画が完成し、素晴らしい内容で素晴らしい画質でリアルな光景が演出出来たとしても、本当の人間の役者が演じるわけでもなく、架空の涙と血と汗に感動するだろうか、結局人間の観客が来なければ最高度のAI映画も一瞬で消去されることになる。いかに優秀なロボットでも世界中の全人類に家事や仕事や育児や配達などもろもろの仕事を任せても、どれほどの経費が必要だろうか。ハッキリ言って仕事がない人にちょっとやってもらう方が遙かに安上がりだ。これがわざわざロボットを使い、プログラムを作って、遠くの山の中にロボットを走らせ切れた電灯を交換するなら、何十億円もかかるし、どだいいくら最先端のロボットでも出来ないだろう。つまり、AIは便利だが、動かすには莫大な労力と資金がなければ何も出来ないのだ。明確にいうと、イーロンマスクの妄想は予言ではない、そもそも人類の長い歴史の中で予言が当たったとことはない。予言者は当てずっぽうで偶然当たっただけで、それを信じること自体が、過去の出来事の後悔をごまかしたいだけなのだ。もし、AIが未来に革命的に進化し、予言通り人類を支配しても、そのAIの電源は誰が作るのかまで予言できるのか疑問だ。また、これだけの人類の叡智を持ってしても結局自然を征服できず、人類は自然の驚異の前に無力である事実をみれば、AIもまた自然の驚異を凌駕して地球全体をてAIが支配することはできないのだ。もし仮に出来るというなら、日本国憲法もAIで内容を改正してみたらどうだ。

内山家政婦看護師紹介所

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