十年後に再び熊本に震度7の大地震がまたもや襲来、国を挙げての救援が必要で、現地の人々の猛暑の中でのご苦労が身にしみる、くれぐれも早く復旧を祈るばかりだ。元東京大学の解剖学教授養老孟司氏がこの宇宙は違うものは無く、すべてが同じで、過去も未来もないというような話をされていた、非常に分かりにくい話なので割愛するが、これは事実である、真理である。この宇宙は無限に存在する「無」がなにかの拍子に衝突し、二つの「無」が混ざり合った世界がこの宇宙なのである。アインシュタインは相対性原理の中で、物体の引力で物を引き寄せるというニュートン力学では無く、空間のゆがみが引力だと証明した。つまり巨大な恒星がそこに存在すると時空がへこみ、そこに近づく物体がへこみに引き寄せられるということだ。その空間が存在するということはアインシュタインがいうが、何かは言ってはいない。そのへこみを起こす空間そのものがもう一つの「無」なのだ。二つの「無」が同一の存在として押し合っているから、ビックバンとなって膨張し、我々がみているすぐ裏にもう一つの「無」が同様に押し合い、見えない存在であるもう一つの「無」が見えない質量として銀河や星々をコントロールしているのだ。この二つの「無」が同時に衝突し存在する限りは膨張するが、その中はまったくの無であり、そこには過去も未来も現在も無く、すべてが同じであり、見えるのはただの二つの「無」が織りなす幻想の世界だと言うことだ。つまり、今の地震も、10年前の地震も、それ以前の地震も、結局人間は同じ夢を見ているのだ。10年前、人々は東日本大震災をみて熊本大地震に立ち向かい、いままた、十年前の熊本地震を思い出しながら今の地震に立ち向かい、おそらく何十年後にもこの地震のことを思い出しながら、襲来する地震と立ち向かっているだろう、つまり、いつも、過去も未来も現在も同じ事の繰り返しで、永遠に同じ事の繰り返しを生きているというただの幻影が、本当の現実だと思い込んであるのがこの宇宙なのだ。なにも変わらず、そしていつの間にかいつもどおりの社会にもどり、再びいつか同じ事が起こる、それが宇宙である。鴨長明の方丈記はたしか600年前の話だが、中身は現代と同じであり、未来に起こることと全く同じだということだ。全て、過去も未来も現代もなにもない「無」が作り出す幻という現象なのである。







