やっぱりワールドカップサッカーは敗れた。野球のクラシックベースボール同様、力負けと言うより作戦負け以外の何者でもない。もちろん対ブラジル戦でも作戦があれば勝利できたが、結局選手任せで監督が逃げ腰では負けるのも当然だ。何度も言うが、この監督は監督としての立場を取らず、単なる先輩選手としてアドバイスを送っていただけだ。チーム全体の隅々まで監督の神経が回っているのではなく、選手お任せでピッチに立っていたに過ぎない。各国の一流選手との闘いに、「引き分けで良い」「掃除で綺麗にしよう」「仲良く涙をながして国歌を歌おう」これが戦いに向かう指揮官が言う台詞か。この監督を可愛くて辞めさせなかったサッカー日本の本部の責任重大であろう。はっきり言おう、真剣に試合に向かう指揮官が最初から引き分けで良いなど言うはずがない、そしてむやみに涙を見せる指揮官がいるかである。涙を流し引き分けでよいという指揮官のもとでは選手は覇気を失い、最後の最後に一点を取りに行こうとせず、引き分けを待つとこと選手の心情になるだろう。如何に引き分け狙いの作戦が敗北主義であり、最後の最後まで笛がなるまで死力をつくし勝利を信じるのが真のスポーツであり、指揮官がそのリーダーシップを発揮するのが任務であり、責任なのだ。今回は第一線選手が欠場したが、それに負けない精神力と技術力を示せたはずだ、少なくとも出す必要も無い試合に秘中の作戦を繰り出し、肝心の試合に平凡な布陣では戦力の無い凡人と同じだろう。ここぞの時に秘中の布陣と相手の裏をかく作戦を投入するのが監督の務めだ。対チェニジア戦で手の内を見せれば相手チームは一日で対策を立てることができるのが現代のサッカーだ。それを事前に公開して、単に褒めらたいでかの監督では話にならない。次の監督が決まらないなら、もはや日本はサッカーをやる資格はない、今回は森保氏の良い子であることを世界に賞賛されたいというボンクラを何度続けるのだろうか。







