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誰も叱る人間がいないとどうしようもない

ワールドカップサッカーもいよいよ四強、切磋琢磨で培った能力で試合に勝利するチームはどこか。しかし、能力があっても統率力のない監督では勝ち目がないということだ。自らが良い子で品が良ければ、猛練習を積み勝利を願う選手の声を聴かなかったのかもしれない、自分さえ良い子と世間に思わせ、戦っている振りをすればお行儀の良い名監督だと言われたいでは始めたら勝利は届かない。かつてある国の女子選手チームは大地震後の人々に勇気を与える奮戦をし、最後の一瞬まで一点を取りに行ったことをもはやこのお坊ちゃま監督の頭にはないのだ。こういう人物を叱る者もいないのだろう。どこかのニセ皇族の宮様も叱る人はなく、まして300億円も衣装代に費やした女優気取りの皇后に一言も叱る人はいなかったのだろう。もちろん苦言を言えばトイレにこもってすねる皇后では話にならない。ロシアのポーチンを叱る人物はおらず、中国のキンペイを叱る人間もいない、好き勝手に独裁を守っているかぎり彼らも安全である以上、独裁者を叱ることもできないのだ。その分、自分のトラウマを武器に被害者を装って共演者を加害者に貶める人物に役者の先輩として苦言を申したのは賞賛に値する。当たり前で人生の先輩、仕事の先輩として人間関係でトラブルを起こす者に適正に対処するのは並大抵ではないのだ。まして仕事を束ねるテレビ会社が責任逃れで毎回関係者に多大な被害を当たるような会社はもはや、女優とともにこういう仕事をしていけないと申しておこう。どこもかしこも叱ることばかりであるが、なんでもスピード違反で政治家を辞めるれいわ新撰組の大将も過去は役者だった。大見得を切って従来の政治家どもを叱りつける所までは千両役者であったが、自身の政治生命はスピード違反による罰金では、ちょっと政治活動としてはスピード違反に値するだろう。もっとゆっくりじっくり政治家としての経験を積むべきだったが、他党への猛攻撃、暴言、罵倒だけで、秘書の給与ピンハネや仮病のこと、交通違反のこと、党務のいざこざなど一切説明しないでは政治家としては最低最悪だということだ。こういう姿勢は自分だけが正しく良い子で、他者は悪人無能であるという人を見下した観念から作り出されたものであろう。ひたすら、自分だけをかわいがり、関係者や周りの人々や広く世間一般の国民を欺く人種は、結局社会から弾き飛ばされ、逃げ去った後も社会が悪い、日本が悪いと反省もない人生を生きる姿は新撰組でも日本人でもない。

内山家政婦看護師紹介所

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