鴨川市の山林を大きく伐採し巨大メガソーラーを建設している。北海道釧路のメガソーラー設置と同様自然環境破壊となり、災害防止上も大きな障害となるだろうが、千葉県も鴨川市も容認しているらしい。もはや地域住民の安全を放棄し、将来への禍根を残すだろう。結局、工事関係者の名前も住所も伏して誰かも分からず、住民達への説明も質問回答も行わずに一方的に森林を伐採するという極めて異常なことだ。のうのうと賄賂をもらう熊谷知事や鴨川市長は余裕だろう。ちなみに釧路湿原のメガソーラーは小泉元環境大臣の要請で工事が始まったらしい、結局は汚職の原点なのだ。昨日は自ら作り出した731部隊バリの細菌兵器新型コロナで自国が絶滅寸前の習をタシナメたが、もはやお笑いの致死量は超えている。千葉県も同じだろう。そして今日は自民党の総裁選挙、選挙構造は単純明快、財務省の下請けでこのままいるか、それとも財務省支配から脱却できるかの選択である。菅も岸田も石破もいわゆる財務真理教の信者でアル、当然、財務省の言いなりで増税や国民経済より財務省の権力を重視した政策ばかりであった。まさに虫国共産党の如く国民から絞れるだけ絞り、天下り先確保と、財務省権力の維持のみに生きる官僚の巣窟が財務省で、その信者が自民党と公明党なのだ。今後は日本維新も信者になろう。自民党も結局、予算案も法案も財務官僚がつくるペーパーがなければ答弁も回答もできないのだ、まして予算の調達や調整も全て財務官僚にお願いしなければできないという、もはや絶望的な上下関係がある限り財務省の支配は終わらない。いくら財務省とは手を切ると言って、今言ったとおり国会答弁するためには財務官僚が答弁書を書いてくれないとお手上げ、他の省庁の官僚は自分の所掌は把握できても国全体の答弁はできないからだ。いいじゃないか答弁がおかしくても過去の経緯や国全体の把握は後回しでも、まずは政治家が考えることが重要だ。実際アメリカでは大統領一人が発案回答するので、官僚達は後追いで書類をつくる、いかようにでも論点を整理できるできるので過去の答弁にこだわらないのだ。日本は一党で継続した以上、昔の総理の話が食い違うと問題にされたが、今は昔は昔、今は今だということだ。いい加減に財務真理教を放棄し、財務省支配を脱却しなければ明日の日本はない。コエズミや林などの財務真理教信者らは国会から追放しなければ本来の立法行政司法の三権分立ではないのだ。行政つまり財務省による立法及び日本支配は今日の総裁選で決着しなければ日本の未来はお笑いの致死量を超えてしまうだろう。