日本刀の精錬技術は現代のエンジンや部品の鋳造など多くの製品に生かされ、日本の技術力は伝統と歴史に支えられていることが如実に分かる。一方、もはや中国には歴史も文化も残らされいない、すべてがモノマネで、模倣で、ダミーで、コピーで他国の物をいかにも中国文化のように盗み取ったのであり、このような伝統は中国共産党毛沢東が文化大革命と称して、中国文化をことごとく破壊消滅させたことによる。いずれはチベット語、ウイグル語、モンゴル語、台湾語を除く中国は英語に取って変わるだろう。その未来をみると、なんで今日本を憎み、中国市民を日本が敵だというように煽るのかも分かってくる。壮大な中国史の歴史は習により絶え、もっとも理想的な強国アメリカを模倣するだけが生き残る道であり、日本非難は憤懣語る日本文化はこれっぽち入れないための防衛策なのだ。
日本の反対側にナスカの地上絵があり、これを日本の山形大学が研究所を作って研究している、世界的な謎を解く努力であり注目されているが、なんで日本の山形大学が調査するのかはよく理解できない。大昔滅んだ地球の反対側の文明、奇跡時に残った地上絵を調べて何になるのか、蜘蛛だとか蜂だとか当時の生き物を描いた理由、そして何百年も消えずに残った理由、その他多くの疑問を科学的分析できれば何か分かるのだろう。少なくてもこういう古代文明の痕跡はいずれ、将来の中国大陸の各地に廃墟のような形で痕跡を残すことになるとおなじ意味なのだ。滅んだ文明が何かを伝えるために残した痕跡は、現代のある文明の最後を写す鏡であるのかもしれない。







