今年もノーベル賞シーズンになった。まだ海外勢ばかりだが、日本の学者先生もこれまでの功績や実績で是非受賞してもらいたいものだ。村上ボウ氏も喉から手が出るほどノーベル賞が欲しいだろうが、しかし、もともと日本の文化を否定するスタンスの文学は受賞は諦めた方がよいだろう。さて、日本の研究力が落ちてきて以上、今後の各学術分野でどれほど日本が科学で貢献できるか心配の声が上がっている。それは東大の学長選挙をみてもハッキリしている。ほとんど無名で経験がないとも言える女性を東大の学長に担ぎ上げる根拠は今もって世間には理解されていない。簡単に言えば、学長選挙が始まる前から、この女性候補が学長になるという筋書きが決まっていたと言うことだ。これまで、東京女子医科大学を巡る腐敗の構図、日大における組織的腐敗の構図と共通する。全ては人事権を掌握すれば、そこに良識も民主主義も存在しないと言うことだ。世間一般誰も知らないが、今は大学の学長にひとたびなれば、次の学長選挙になるまで、人事も予算も好き放題、大学内の全ての権限は学長が好き勝手にできるのだ。、文部科学省も何ひとつ権限はない。すなわち、国立大学法人であり、国立大学を名乗るが、私立大学と同じ法人なのだ。故に同志社国際高校が勝手に沖縄の反基地闘争に生徒を参加させても、だれも反対はしないという独裁制度であるのだ。おそらく、東大の女性候補は、到底対立候補に勝ち目はないので、事実1000票対500票というダブルスコアであったし、結局裏工作で動いたのだ。端的にいうと、学長選考委員会メンバーに根回し、今後も同一メンバーで留任するとか、東大の要職を任せるという賄賂のような人事権を約束して、東大学長選考委員会のメンバー特に元NHKキャスターを抱き込んだ猿芝居ということだ。故にそのキャスターは何も説明をしないで逃げ回り、後は引き続き東大の要職に就くのを待っているのだ。東京女子医大も創業者の子孫が学長に就くやいなや、大学の私物化が始まった、日大総長の私物化の事実はいくらでも新聞を見れば分かるだろう、相撲取りが土俵入りをしたというより、角界全部を一人で牛耳ったと同じだ。その後のお飾りの相撲取り女は学長としての給料が欲しいだけで何もしなかった。素人が大学経営は出来ないのだ、つまり大学教授は選考試験はない、論文や研究について問われることもない、いわゆる裏工作さえ出来れば教授にでも学長になれるという世界で、会社のような社長になれば命令一つで会社が動くと勘違いすればトンだ間違いと言うことだ。そういう大学の実情も知らずに、将来のノーベル賞を取れるだろうかとかいう議論は、おそらく的外れの評論家でも言わせておけば良い。







