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本当に多様化社会になるのか

世界を俯瞰的にみると、ほぼどこも資本主義経済で動いている、すくなくても共産主義経済を名乗りうまく行っている国はないだろう。北朝鮮ももとより共産主義ではなく、単なる暴力団組織にすぎない。ではこの混とんとした世界を分類すると「多様化」を目指す人々と「硬直化」する人々の2種類に分けられる。いろいろな国会も大雑把に見れば多様化社会なのだろう。しかし、中華思想に盲信する国家やイスラム原理主義以外は容認しない国家、大ロシアを夢見る国家はその意向に反する勢力の存在を許さない。結局この「多様化」と「硬直化」が世界を二分する訳で、実はこれも人間一人の成長過程と同調している。人間が成長する中でどうしても自分が一番であると言う意識は取りされない、なんでも私が世界の中心であり私を認めない者は許さないという考えはだれでもあろう、ところがいろいろな経験で他人を認め、他人に助けられるなかで、またはより良い考えを知る中でいろいろな可能性や他者との平等を考えると多様性社会を容認し、その中で自分自身を見出すこともできる。自分について考えると、まさに多様性の中の自分でしかなく、とても自分だけが中心でえあるという考えには賛成できないと言うのが我が人生の結論である。ゆえにこれからの社会も、「多様化」に向かいのだろうという私の考えだ。もちろん、やはり自分が世界の中心として従うべきだと思いあがる人の存在も否定できない。かれらはそのためには他者の存在はみとめないのだ、ゆえに侵略の道を進むことになる。その先はどうなるかはここでは言わない、自分の考えは自分の経験から答えは出ているので。少なくても北朝鮮は正恩の死とともに中国共産党下に吸収されるだろう。

内山家政婦看護師紹介所

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