トップイメージ

国辱憲法や原罪憲法を守っている時代ではない

国家に多大な功績のあった人物に「国葬」は当然である。靖国神社に奉ると同じ意味だ。しかし亡くなった本人はどれほど悔しがっていることだろうか悔やまれる。護衛ともういうべき人々は何もせず立っているだけ、せめて安倍氏が5才若かったら反射的に飛び退いたが、まさに高齢者のようにゆっくり振り返ったときに二発目が命中した。これを政治犯とする意見もあるし、民主主義の暴力での破壊という解説もあるが、どうみても政治ではなく宗教がらみの怨念復讐である。このレベルの事件で重要な人物を殺されることが日本の現実なのだ。もちろん警察の失態は信用が地獄に達するほど地に落ちた。ちょっと前にはカルロスゴーンの国外逃亡を大失態で許し、先だっては長野の行方不明少女捜索では手抜きの捜索態勢が明らかだ。いくら本人たちは頑張ったと言っても、傍目で見れば何もしていない、勝手な思い込みでやるべきことをしていないのは明らかだ。岸田総理も国葬の決断は当然であるが、国葬にしたから憲法改正はしませんという意味では意味が無い。現行憲法は理想主義から不戦争で武器は持たないと宣言したと反日勢力は唱えるが、これは嘘だ。統一協会ではないが、かれらの本当の主張は日本人は人殺しの悪人で、生まれつき日本人は凶悪であり、日本は悪魔の国であるから武器を持たせない、戦争をするなという国辱のための、日本人原罪憲法なのだ。いまさらキリストの原罪でもあるまいし、世界最悪の罪を背負わされた日本人は永久に中国・朝鮮に謝罪させるのが福島瑞穂らの真意だ。もちろん違うというなら説明に来て欲しい。いずれにしてもこれを憂い強く日本の再興を願った安倍氏は黄泉の国に旅立った。この一年で改憲まで行かなくては、いずれ福島瑞穂が総理大臣になる日も近いということだろう、すなわちどこかの傀儡政権ではあるのだが。改憲を言った政治家が暗殺されてということが民主主義の破壊であるのなら、当然改憲に舵を切ることが暴力と反日への強い回答である。

内山家政婦看護師紹介所

トップへ戻る